リコーは腕時計から完全に撤退したのか?歴史と理由を徹底解説!

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かつて「東洋の時計王」を目指し、セイコー、シチズンと並んで日本の時計産業を牽引したメーカー、「リコー(RICOH)」。 一般的にはカメラやオフィス向け複合機(コピー機)の世界的ブランドとして認知されていますが、昭和の高度経済成長期を知る世代や、時計愛好家の間では、リコーは「独創的な腕時計を作る名門」として記憶されています。

しかし、2020年代に入り、市場でリコーの新品時計を見かけることはなくなりました。 さらに、衝撃的なニュースが飛び込んできました。

「リコーエレメックス、腕時計の修理受付を2026年に終了」

このニュースは、単なる一企業の事業撤退以上の意味を持っています。それは、日本の時計産業における一つの大きな歴史の幕引きを意味するからです。

「なぜリコーは撤退を選んだのか?」 「手元にある父の形見のリコーウォッチは、もう直せないのか?」 「中古市場で高騰している『タカノ』とは何者なのか?」

本記事では、これらすべての疑問に答えるべく、リコー腕時計事業の歴史、撤退の理由、名機の系譜、そして所有者が直面する「2026年問題」への対策まで、徹底解説します。

目次

1. 【現状と結論】リコー腕時計撤退のタイムリミット

まずは、現在進行形で起きている事実関係を整理します。ネット上には古い情報も混在していますが、ここでは2025年11月時点での最新確定情報をお伝えします。

販売終了はいつだったのか?

リコーブランドの腕時計製造・販売を担っていたのは、リコーの完全子会社である「リコーエレメックス株式会社(RICOH ELEMEX)」です。同社はガスメーターや精密部品加工を得意とする企業ですが、長らく腕時計事業も継続していました。

しかし、事業の選択と集中により、2021年(令和3年)頃をもって、腕時計の新規販売を終了しています。 かつては「SHREWD(シュルード)」や「Monperier(モンペリエ)」といったシリーズが家電量販店や時計店に並んでいましたが、現在は公式カタログからも削除されており、流通在庫のみの販売となっています。

衝撃のプレスリリース:2026年10月ですべてが終わる

販売終了から数年、オーナーたちをさらに動揺させたのが、修理サポートの終了予告です。 リコーエレメックスは公式に、以下のスケジュールでアフターサービスを終了すると発表しています(※機種や部品在庫により前後する可能性があります)。

  • ~2026年(令和8年)10月: 腕時計の修理・オーバーホール受付終了

これは、「補修用性能部品」の保有期間(通常、製造終了から7年~10年程度)が満了するためです。2026年10月を過ぎると、メーカーには交換用のガラスも、リューズも、内部の電子回路も一切残っていない状態になります。 つまり、リコーというメーカーが、腕時計事業と完全に決別するのが2026年10月なのです。

2. 【深層分析】なぜリコーは腕時計事業から撤退したのか?

一時はテレビCMをバンバン流し、銀座の一等地にランドマーク(三愛ドリームセンター)を構えるほどの勢いがあったリコー。なぜ、時計事業から撤退せざるを得なかったのでしょうか。その理由を、産業構造の視点から3つのポイントで深掘りします。

理由①:クオーツショックと価格競争の敗北

1970年代、時計業界を激震させた「クオーツショック」。 リコーは決して技術的に遅れていたわけではありません。むしろ、セイコーに次いで国内で2番目に水晶発振式腕時計(クオーツ)を製品化したのはリコーでした(「リクオーツ」)。

しかし、その後の展開が過酷でした。 セイコーが高いブランド力を維持し、シチズンがムーブメントの外販で世界を席巻し、カシオが電卓技術を応用してデジタル時計で低価格市場を制圧する中、リコーは「立ち位置」を確立できませんでした。 高級路線でもなく、チープカシオのような低価格路線でもない、「中価格帯の実用時計」という市場は、競争が最も激しいレッドオーシャンだったのです。

理由②:グループ内での「非主力化」と構造改革

ここが最も大きな理由です。 親会社である株式会社リコーにとって、本業はあくまで「事務機器(コピー機・複合機)」と「光学機器(カメラ)」です。特に1980年代以降、OA機器市場が爆発的に成長する中で、グループ全体の売上に占める時計事業の割合は微々たるものになっていきました。

経営判断として「稼げる事業にリソース(ヒト・モノ・カネ)を集中する」のは当然のことです。 株主への説明責任を果たす上でも、利益率が低く競争が激しい時計事業を維持する名分が立たなくなっていったのです。リコーエレメックスという子会社に事業が移管され、細々と続けられていたこと自体が、ある意味でリコーの「良心」だったのかもしれません。

理由③:スマートウォッチと「中価格帯」の崩壊

とどめを刺したのが、2010年代からのスマートウォッチ(Apple Watch等)の普及です。 リコーが主戦場としていた「1万円~3万円の実用的な腕時計」のユーザー層は、最もスマートウォッチに移行しやすい層でした。 「時間を知る」という機能だけで勝負できなくなった現代において、ラグジュアリーブランドとしての地位を持たないメーカーが生き残るのは、極めて困難な時代になったと言えます。

3. 【歴史Ⅰ】幻のメーカー「タカノ」とリコーの出会い

リコーの腕時計を語る際、絶対に避けて通れないのが「タカノ(Takano)」というブランドの存在です。リコーの時計事業は、ゼロから始まったわけではありません。ある悲劇のメーカーのDNAを受け継ぐことで始まったのです。

「幻」と呼ばれる理由

1899年(明治32年)創業の「高野時計金属品製作所」は、当初は掛時計のメーカーでした。戦後、1957年に腕時計の製造を開始すると、その技術力の高さで業界を驚かせます。 当時、世界一薄い腕時計を目指した「タカノ・シャトー」などのモデルは、その精緻な作りと美しいデザインで「日本のラドー」とも称されました。

創業からわずか数年で、セイコー、シチズンに次ぐ勢力になろうとしていたのです。 しかし、タカノブランドの腕時計が製造されたのは、わずか4年11ヶ月という短い期間でした。これが「幻のメーカー」と呼ばれる所以です。

伊勢湾台風が運命を変えた

タカノの夢を打ち砕いたのは、自然災害でした。 1959年(昭和34年)、日本列島を襲った「伊勢湾台風」。

名古屋を中心に甚大な被害をもたらしたこの台風により、タカノの主力工場は壊滅的な打撃を受けました。精密機械は水没し、生産ラインは停止。経営再建が不可能なほどの損害を被りました。

リコーによる買収と再建

経営破綻の危機に瀕したタカノに救いの手を差し伸べたのが、当時のリコー(理研光学工業)の創業者、市村清氏でした。 市村氏はタカノの技術力を高く評価しており、1962年(昭和37年)、リコーがタカノを傘下に収める形で「リコー時計株式会社」が発足しました。

タカノの技術者たちはリコーに移籍し、その情熱と技術は「リコー」ブランドの時計として蘇ることになります。つまり、リコーの腕時計の中には、志半ばで倒れたタカノの魂が宿っているのです。

4. 【歴史Ⅱ】リコー腕時計の黄金時代(1960年代~1970年代)

リコー時計の発足後、1960年代から70年代にかけて、リコーは黄金時代を迎えます。この時期のモデルは現在でもアンティーク市場で高い人気を誇ります。

打倒セイコー!「ダイナミックオート」の快進撃

リコーが最初に注力したのは、当時主流だった自動巻き時計です。 タカノの技術をベースに開発された「リコー ダイナミックオート」は、大型のテンプを採用し、精度の安定性を追求しました。

セイコーが「セイコー5(ファイブ)」で若者市場を席巻していたのに対し、リコーは「ダイナミック」シリーズで対抗。33石や45石といった「多石化競争」にも積極的に参戦し、豪華な仕様を競い合いました。

大阪万博とスペースエイジ・デザイン

1970年の大阪万博前後、日本のデザイン界は未来志向の「スペースエイジ」ブームに沸いていました。 リコーの時計デザインもこの影響を強く受けています。

カットガラス(風防のガラスを宝石のように多面的にカットする技術)を多用したモデルや、楕円形やTVスクリーン型のケース、鮮やかなグラデーション文字盤など、リコーは他社以上に「前衛的で攻めたデザイン」を次々と投入しました。

現在、古着好きやレトロカルチャー好きの若者がリコーの時計に惹かれるのは、この時代のデザインが持つ圧倒的な個性にあります。

世界への挑戦:ポルシェ・デザインとのコラボ

リコーの歴史の中で特筆すべきは、海外ブランドとの提携です。 1970年代後半、リコーはあの「ポルシェ・デザイン」とも提携し、モデルを発売しています(IWCと提携する前の時期)。 これはリコーが単なる国内メーカーに留まらず、世界に通用するデザインとブランドイメージを模索していた証拠です。

5. 【歴史Ⅲ】クオーツ戦争と「リクオーツ」の奮闘

セイコーに次ぐ国内2位のクオーツ化

1969年、セイコーが世界初のクオーツ腕時計「アストロン」を発売し、時計の歴史が変わりました。 リコーも負けてはいません。1971年には自社製クオーツムーブメントを搭載した「リクオーツ(Riquartz)」を発売。

これは国内メーカーとしてセイコーに次ぐ2番目の快挙でした。 当時のキャッチコピーは「水晶の虎」。 リコーは半導体製造技術も自社グループ内に持っていたため、LSI(大規模集積回路)の自社製造が可能という強みがありました。

デジタル時計とLSI技術

クオーツ化の流れは、アナログからデジタルへと急速に進みます。 リコーも「リクオーツ デジタル」を投入。丸型のケースにデジタル表示を入れるなど、ユニークなモデルを輩出しました。

しかし、ここでカシオ計算機が参入し、圧倒的な低価格競争(デジタル戦争)が勃発。リコーは技術的には健闘したものの、価格競争の消耗戦において、徐々にシェアを失っていきました。

6. 【名機図鑑】マニアを唸らせるリコーの歴代モデル

ここでは、撤退後も伝説として語り継がれるリコーの名機たちを紹介します。もし中古店で見かけたら、それは「買い」のサインかもしれません。

1. リコー ダイナミックオート(Dynamic Auto)

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  • 特徴: 1960年代のリコーを代表する自動巻きモデル。タカノの系譜を継ぐ設計。
  • 魅力: 12時位置に曜日がフルスペルで表示される「プレジデントスタイル」のモデル(ダイナミックワイド)が特に人気。ロレックスのデイデイトを彷彿とさせる高級感があります。

2. リコー ワールドタイマー(World Timer)

  • 特徴: インナーベゼル(ガラスの内側にあるリング)を回転させることで、世界各国の時間がわかるモデル。
  • 魅力: 43mm径の大型ケース、2つのリューズ、カラフルな文字盤。70年代らしい迫力満点のデザインで、海外のコレクターからも「RICOH World Timer」として指名買いされています。

3. リコー エルシィ(Elsee)

  • 特徴: 液体水晶(Liquid Crystal)を使用した初期のデジタル時計。
  • 魅力: レトロフューチャーな外観と、当時の最先端技術の結晶。完動品は博物館級のレアアイテムです。

4. リコー シュルード(SHREWD)

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  • 特徴: リコーエレメックス時代(2000年代~)の主力モデル。
  • 魅力: 電磁誘導充電システムを採用。専用の充電器の上に置くだけで充電できるという、現在のApple Watchのような充電方式をアナログ時計で実現していました。また、バイブレーションアラーム機能を搭載したモデルもあり、ビジネスマンに重宝されました。

7. 【2026年問題】修理受付終了に向けたオーナー向け対策マニュアル

ここからは、現在リコーの時計を所有している方に向けて、極めて実用的な情報を提供します。 「2026年10月の修理終了」までに、あなたは何をすべきか。そして、その後はどうすればいいのか。

メーカー修理と民間修理の違い

  • メーカー修理(リコーエレメックス): 純正部品を使用し、工場出荷時の基準に戻す修理。文字盤の汚れや針の腐食などは直せませんが、ムーブメント(機械)の信頼性は完全に回復します。
  • 民間修理(時計修理店): メーカーから部品供給が止まると、純正部品での修理ができなくなります。しかし、熟練の職人は「部品を作製」したり「同規格の代替部品」を使ったりして直すことができます。

部品保有期間という「壁」

時計修理で最もネックになるのが「外装部品」と「電子部品」です。

  • 機械式(ゼンマイ式): 歯車などは汎用品が使える場合もあり、職人の腕でなんとかなるケースが多いです。100年前の時計が直せるのはこのためです。
  • クオーツ(電池式): 電子回路(IC)が壊れると、そのICがない限り修理不能になります。リコーは独自規格のICを使っていることが多いため、メーカー在庫が尽きると「修理不能」になるリスクが高いです。

今すぐやるべき「トリアージ」

お手元のリコー時計を確認し、以下の3つに分類してください。

  1. 【即入院】大切な思い出の品・高価なモデル
    • 2026年10月を待たず、今すぐにメーカーへオーバーホールに出してください。
    • 特に「充電式(シュルード)」や「ソーラー式」は、二次電池(充電池)の交換を依頼しましょう。この電池は市販されていない特殊なものです。
  2. 【様子見】動いている機械式時計
    • 現在は順調でも、油切れを起こしている可能性があります。予算が許せばオーバーホールを推奨しますが、機械式なら将来的に民間の修理店でも対応できる望みがあります。
  3. 【諦める?】壊れている安価なクオーツ
    • 残念ながら、修理費用が購入価格を上回る可能性が高いです。記念品でなければ、そのまま保管するか、リサイクルを検討します。

民間の名医(CMW)を探す方法

2026年以降、メーカーの手を離れたリコー時計を救えるのは、CMW(公認高級時計師)や一級時計修理技能士の資格を持つ独立時計師たちです。

ネットで「時計修理 アンティーク リコー」と検索し、過去にリコーの修理事例がある工房をブックマークしておきましょう。特に「部品作製」まで対応できる工房であれば、最強の味方になります。

8. 【市場価値】現在の中古相場とこれからの資産価値

リコーの時計は、ロレックスやオメガのように「投資対象」として高騰しているわけではありません。しかし、マニアの間での評価は年々上がっています。

  • ダイナミックワイド(良品): 3万円~8万円
    • 状態が良く、純正ブレスレットが付いているものは高値傾向。
  • ワールドタイマー(良品): 5万円~10万円
    • 海外人気が高く、eBayなどではさらに高値が付くことも。
  • リクオーツ(初期モデル): 1万円~3万円
    • 歴史的価値が見直されています。
  • シュルード(完動品): 1万円~2万円
    • 実用時計として底堅い人気。
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「撤退」が決まったことで、今後「もう手に入らないブランド」としての希少性は確実に上がります。 もし、祖父や父から受け継いだリコーの時計があるなら、それは金額以上の価値を持つ「昭和の産業遺産」です。安易に手放さず、大切に保管することをおすすめします。

9. まとめ:リコーの時計は「記録」から「記憶」へ

ここまで、リコー腕時計の撤退と歴史について解説してきました。

リコーというメーカーは、決して時計業界の覇者にはなれませんでした。 しかし、幻のメーカー「タカノ」の遺伝子を継ぎ、セイコーに挑み、大阪万博の未来を夢見て、クオーツの時代を駆け抜けたその足跡は、日本のモノづくり精神そのものです。

記事のポイントまとめ:

  • リコー(リコーエレメックス)の腕時計販売は終了済み。
  • 2026年10月をもってメーカー修理受付も完全終了する。
  • 撤退理由は「競争激化」と「親会社の事業選択」。
  • リコーの時計には「タカノ」の技術と魂が宿っている。
  • 所有者は期限内にメーカーメンテナンスを受けることが最後の責務。

2026年、リコーの時計事業は静かにその歴史を閉じます。 しかし、あなたがその時計を腕に巻き、大切に使い続ける限り、リコーの時計は時を刻み続けます。 「記録」としての事業は終わっても、「記憶」としてのブランドは、オーナーであるあなたと共にあり続けるのです。

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